いやだいやだ
息子1歳7ヶ月。
いやいや期らしきものがすこしずつ始まってきた様子。
気に入らないことがあると、こんな風に床に突っ伏して泣きまねをする。
なんていう頭の使い方を学んでしまったのだ。
誰の真似なんだ。
でまぁ、そんなに余分な気力体力があるのなら、もう少し違う使い道はないものかと模索し始めたのが、去年の秋のこと。
初心者母さんは、とりあえずグレン・ドーマンの本を4冊読んで、ドッツなるものを始めてみました。
はじめたばっかりだから、まだ感想なんてないんだけど、始めるにあたって、また始めてからの私の考え方を記録しておこうと思います。
早期教育や、英才教育にとても興味がある・・・とは全然言えない。
ただ、「知識を増やすことは楽しいことだ」という基本姿勢を持って欲しいとは思うのです。
そのために、親が、親にしか出来ないことを、今しか出来ないことを、するのには、ためらいはありません。
今しかできない、と判断したから、始めました。
親の人生の反省を活かすために子供が存在するわけではない、そんなことはわかってる。
それでも、「あそこで苦労しなければ、もっともっと楽しさに満ちた世界だっただろうに」と思うポイントは、
息子の人生においては改善したいと思うのです。
生まれたての、虫みたいな状態のイキモノを、人間の形(外側も中身も)にするのが
親の存在価値なのではないでしょうか。
その壮大で気の遠くなるような積み重ねの毎日には、
ある程度の指針というか、ガイドライン的なものがあって当然だと思います。
私は、息子に、健康な体と健康な好奇心を持った人間になって欲しい。
世の中に「知ることの出来る事柄」は無限にある(と思う)のだから
知ることを楽しいと感じる習慣くらいはつけてあげられたらいいなぁーって思います。
詰め込むだけの知識は、子供を締め付けるだけだ とか
子供はやりたくないかもしれないのに、やらせるのは親のエゴだ とか
親の思うとおりに子供を作り変えようとするなんて自己満足だ とか
そんなくだらない・低次元なことを言いたい人は、言えばいいと思います。
でまぁ何を始めたかというと、
「数は量である」ということを【数字という記号の概念を頭に入れてしまう前に】体得して欲しかったので、ドッツを。
それから、(天才的な例外はあるけれども一般的には)知識のないところに知性は育たないと思うので、最近ではビッツを、始めました。
結果?そんなもの、息子が大人になるまでわかりません。
でも今は、「ドッツやる?」「やんなーい」「ビッツやる?」「やる!」という程度には会話が成り立つようになったので、親子で楽しく遊んでいます。





